山里通信
木もれ日だより (2011年9月)

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【どことなく、いつもと違う夏】
 8月、恒例の田の手取り除草をしました。真っ黒に日焼けしながらりんごの仕上げ摘果をなんとか終わらせ、早朝や夕方の涼しい時間を使って果樹園の下草刈りを行いました。もう家を離れている娘たちがお盆休みにかわるがわる帰宅したり、みんなで湖に遊びに行ったりしました。毎年めぐってくる夏。それでも今年の夏は、いつもとどこか違います。
 3月11日の原発事故以来「世界が一変してしまった」という思いは今も続いています。スーパーでは人々は、国産よりも輸入ものの魚や中国産の野菜を買い求めるようになり、先日地域のフェスティバルでエノキダケやぶなしめじを直販したときには、「工場生産で自然のものではないので安全です」という口上で売らなければなりませんでした。


【さまざまなつながりがふくらんだ 】
 春に村の女性たちで「ミツバチの羽音と地球の回転」という、原子力発電と自然エネルギーについて考える映画の上映会を行ってから、少しずつ知り合いが増えてきました。自然エネルギーを考える長野市の市民グループ、自然の中の暮らしを大事にする飯綱のパン屋さん。北海道からカラマツの研究を兼ねて移り住んできた若者、長年に渡って地道に原発反対の運動をしている人たち等、新しい出会いがたくさんありました。その人たちと地域で放射線被曝を考える上映会をしたり、脱原発論者の市長とのトークイベントに参加したり、自然エネルギーを考えていく地域協議会が出来たり、小学校の放射線量を測ったり、またその中で思いがけない共通の知人を見つけたりと、世界は一気に広がっていきました。
 先日は地域の小学校で、10時間の授業時間をもらって、子供たちとサボニウス型という小さな風車を作りました。ペットボトル、CD板などを材料にした簡単なものですが、実際に風の力で発電の出来るものを工夫し、3年生から6年生まで一人一つずつ自分の力で作り上げました。風の強かったその日は、ライトをつけたり、オルゴールを鳴らしたり、ラジオを聴いたりと教室中に歓声が響き、まるで教室に「風の又三郎」がやってきたようでした。
 


【原発のない社会をめざして 】
 福島や原発がこれからどうなっていくのか、未だに予断を許さないような状況です。かつて原発は、どこか遠く手の届かない世界のもので、恐ろしくもあるけれど最先端の科学技術の粋を集めたきらびやかなイメージにつつまれていました。しかし今は不安定で、無責任で、何よりも割高な、それでいて汚染だけが何万年も私たちを苦しめる、時代遅れの機械として人々の目に映りはじめているような気がします。少なくても、農村に住む私たちの周りではそうです。  この秋、我が家の母屋の屋根に、太陽光発電のパネルを載せました。


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